伝聞法則について
[読んだものをさらりとまとめて行こうと思います。]
1.伝聞法則(320条1項)とは、伝聞証拠には、原則として証拠能力は認められないとする法則である。その根拠は、①これにより供述内容の真実性を担保できると考えられること、②反対尋問権(憲法37条2項前段)の保障のためである。なぜならば、供述証拠は知覚・記憶・表現叙述の過程を経て公判廷に顕出されるところ、その各過程に誤りが混入しやすいからである。また、伝聞証拠は、公判廷における供述と異なり、偽証罪の警告・供述態度の観察・反対尋問といった方法でその信用性をチェックできないため、これを用いると類型的に誤りが入り込みやすいからである。
2.では、伝聞証拠とはどういうものを指すか。この点について2つの考え方がある。一方は、伝聞証拠とは、公判廷外の供述を内容とする公判廷における供述又は書面で、供述内容の真実性を立証するために証拠として提出されるもの、とする(形式説)。理由としては、①この定義は、320条の文言に忠実であり、また、②被告人の反対尋問権の保障は伝聞法則の最大の根拠であるが、1つの根拠に過ぎず、反対尋問が行われていなくても、供述態度の観察や偽証罪の警告により供述内容の真実性が担保されるのであれば、証拠能力を否定する必要はないと考えられるから、とする。
他方は、伝聞証拠とは、裁判所の面前いおいて反対尋問によるテストを経ない供述証拠である、とする(実質説)。理由は、被告人の反対尋問権を重視する必要があるから、とする。
3.具体的問題として、証人の死亡等により主尋問だけで反対尋問ができなかった公判廷の証言の証拠能力が認められるか。
一方は、公判廷の供述であるため、伝聞証拠の形式説の定義からは、伝聞証拠とならないとし、証拠能力を肯定する。
他方の実質説によると、被告人の反対尋問を経ていない以上、伝聞証拠となるので、原則として証拠能力は否定され、321条以下の伝聞例外の要件を満たせば、肯定される、とする。
[辰巳・趣旨規範ハンドブック5版268頁-269頁参照]