140字法律学

法律書等を読んで,理解し覚えられるように140字以内にまとめています。原文・判決文どおりでないところもあります。https://twitter.com/right_droit

刑法総論/ 故意 (故意の認識対象・認識内容; 確定的故意, 認識のある過失との境など)

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 〔責任要件〕  

⬛故意

⚫故意(故意の認識対象)

刑法3/ 総論1/ 68/ 故意とは「罪を犯す意思」(#刑法38条1項)すなわち犯罪事実の認識をいう。犯罪事実とは行為の違法性を基礎づける事実である。違法性を基礎づける点で構成要件が原則、違法性阻却事由が例外であり、故意があるというためには、構成要件該当事実、違法性阻却事由の不存在の双方の認識が必要である。

[平野『刑法概説』75、78頁参照。]

 

⚫故意(団藤説)

刑法13/ 各論9/ 153/ 「罪を犯す意思」(#刑法38条1項、故意)は、故意犯の構成要件(構成要件的故意)かつ責任要件である。犯罪事実の表象・認容が認められれば、構成要件該当性・有責性が基礎づけられ、犯罪事実の表象・認容を欠けば、構成要件該当性そのものが阻却される。期待可能性がなければ、責任が阻却される。

[団藤『刑法綱要総論』290、291頁参照。法的判断枠組み(理論・体系的説明)。

 故意(mens rea)=TB(構成要件)・S(責任)。If there is no mens rea, then there is no TB. If there is no 期待可能性, then there is no S.

 そもそも故意は、責任(S)の領域の問題である。しかし、小野博士(団藤綱要134頁参照)・団藤教授は、故意は構成要件かつ責任要件(責任要素)であるとする。もっとも構成要件としての故意は、それを主観的・客観的な全体として考察した『違法類型』としての『客観的構成要件要素』と見ているようである(同頁参照)。さらに、この構成要件的故意(構成要件としての故意)は、責任要素の定型化としての意味も持ち、『有責類型』でもあるとされる(同書136~138頁参照)。]

 

 ◆択一的故意

刑法9/ 総論6/ 125/ 母と妻からこもごも小言を言われ酒癖の悪いXは憤懣やる方なく、囲炉裏の反対側の両人めがけ憤激の余り本件鈎吊し(かぎつるし)を振りつけ、母Bの前頭部にあてたものである。Xは両人のいずれかにあたることを認識しながらこれを振ったのであり、その暴行はいわゆる択一的故意によるといえる。#刑法

[東京高判昭35・12・24下刑集2-11・12-1365『判例プラクティス』刑法Ⅰ総論〔90〕参照。事実の評価例]

 

◆択一的故意と故意の個数(未遂概念の特性)

刑法10/ 総論7/ 126/ パーティー会場でABに一緒に出されるグラスの一方だけ致死量の毒薬を混入するような、いわゆる択一的殺意ある場合、1個の故意(殺意)で複数の故意犯(既遂犯と未遂犯)成立を肯定できる。既遂の可能性で足りる未遂概念の特性による。併存しうるのは未遂犯に限られ、未遂罪二罪も成立しうる。#刑法

[山口『刑法総論』2版211頁参照。法的判断枠組み(理論的説明)]

 

 

⚫犯罪事実のどのような認識が必要か(故意の認識内容)

[・行為とは意思にもとづく身体の動静であり、意思的な要素は、行為概念のなかにある。故意は、その意思の内容は何かという問題である。

 自己の行為の結果として人が死ぬであろうことを認識・予見したときは、これを、行為を思いとどまる動機にしなければならない。それにもかかわらず、思いとどまる動機とせず、その行為をしたことを非難するのである(認識説=動機説)。

 結果の発生を認識しながら、あえてでなく、行為に出るということはありえない。いいかえると、認識しながら行為にでたときは常に故意がある。とくに認容という(情緒的な)概念が必要というわけではない。]

 

刑法総論38/ 責任11/ 582/ 行為は意思にもとづく身体の動静。意思的な要素も含む。故意は,その意思の内容は何かという問題。自己の行為の結果として人が死ぬであろうことを認識・予見したときは,#行為を思いとどまる動機にしなければならない。にもかかわらず,#思いとどまる動機とせず,行為したことを非難するのである(動機説)。

[平野『刑法総論Ⅰ』(1972年)185頁参照。故意の認識内容(認識説=動機説)]

 

⚫故意と過失の差

[・故意と過失とには、質的な差がある。蓋然的であるか可能であるかという判断は、一般的な判断であるが、具体的な当該事件では、結果は発生するかしないかのどちらかであって、その中間は存在しない。したがって行為者も、一応は、結果発生の蓋然性がある、あるいは可能性があると考えたとしても、結局においては、結果が発生するであろうという判断か、結果は発生しないであろうという判断かのどちらかに到達しているものと考えることができる。このような意味での犯罪事実の認識の有無が、故意と過失との限界をなす。]

 

刑法総論39/ 責任12/ 583/ 故意と過失の差は質的。具体的当該事件では,結果発生・不発生のどちらか。行為者は,一応は,結果発生の蓋然性・可能性があると考えたとしても,#結局_結果が発生するだろうという判断か_結果は発生しないだろうという判断かどちらかに到達。このような意味での犯罪事実の認識の有無が,故意・過失の限界。

[平野『刑法総論Ⅰ』(1972年)187頁参照。故意と過失の分水嶺(認識説による)]

 

⚫二種類の確定的故意

[・確定的故意には二種類のものがある。一つは、結果を意図した場合であり、今一つは、結果の発生が確実だと思った場合である。結果を意図したときは、その発生の可能性が小さい場合でも(因果関係がない場合は別)、故意がある。たとえば、遠くにいる人を銃で狙って射ったときは、当たる可能性が小さい時でも殺人の故意がある。他方、結果の発生が確実であるときは、いかにその発生を嫌い、これを回避したいと思っていたとしても、故意がある。たとえば、保険金をとろうとして家に放火したとき、家の中に寝ている病人が焼死することは確実だと思っていたとすれば、いかにこれを嫌う人格態度を示していたとしても、やはり殺人の故意があるといわざるをえない。]

 

刑法総論40/ 責任13/ 584/ 確定的故意には,①#結果を意図した場合,②#結果発生が確実だと思った場合あり。①では,その発生可能性が小さくても(因果関係ない場合,別),故意あり。遠くにいる人を銃で狙い射ったときは,当たる可能性小さくても殺人の故意あり。②では,いかにその発生を嫌い回避したいと思っていたとしても,故意あり。

[平野『刑法総論Ⅰ』(1972年)187頁参照。二種類の確定的故意]

 

⚫認識のある過失

[・認識のある過失とは、結果の発生が可能だと考えたにもかかわらず、それが発生しないと信頼した場合をいう(ドイツ刑法,1956年総則草案17条参照)。未必の故意は、結果が発生しないと信頼はしなかった、すなわち、結局において発生すると思った場合をいう(同1962年草案参照)。

 認識のある過失も、結局は結果の不認識と不注意にその本質があるといえる。したがって、認識のない過失と全く性質の違ったものとしての認識のある過失(結果の発生を認識しながら、認容しなかった場合=不注意という要素がない)というものは、存在しない。それはただ、一応、結果の発生が可能だと考えたが、結局は否定したという場合にすぎない。]

 

刑法総論41/ 責任14/ 585/ 認識のある過失は,#結果発生が可能だと考えたにもかかわらず_それが発生しないと信頼した場合未必の故意は,#結果が発生しないと信頼せず_発生すると思った場合。前者は,結果不認識と不注意が本質。結果発生を認識しながら,認容しなかった場合ではない。結果発生可能だと考えたが,結局,否定した場合。

[平野『刑法総論Ⅰ』(1972年)188頁-189頁参照。認識のある過失と未必の故意との違い(認識説,動機説)]

 

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